コラム

ドーピングの基本

静脈注射はドーピング違反となるのか

ドーピングの方法は、医薬品やサプリメントの摂取の他にも、一部の輸血行為や遺伝子ドーピング、注射行為があります。今回は注射によるドーピング事例についてご紹介します。

▪️免疫力向上目的の注射はドーピング違反になる可能性

2016年末、スペインサッカー、リーガ・エスパニョーラのセビージャに所属するサミル・ナスリ選手(フランス)が試合後ロサンゼルスのクリニックにて、免疫力を高める目的で医師からビタミンを多く含む栄養剤(1L)の静脈注射を受け、この行為がドーピング違反になる可能性が高いことがわかりました。
WADA(世界アンチ・ドーピング機構)の公開する2016年ドーピング禁止表「M.2化学的および物理的操作」では、以下のような物理的手段をドーピング違反として禁止しています。

 
”Intravenous infusions and/or injections of more than 50 mL per 6 hour period except for those legitimately received in the course of hospital admissions, surgical procedures or clinical investigations.”

訳:静脈内注入および/または 6 時間あたりで 50mL を超える静脈注射は禁止される。但し、医療機関の受診過程※、外科手術、または臨床的検査において正当に受ける静脈内注入は除く。
※救急搬送中の処置、外来および入院中の処置を全て含む。
出典:JADA「2016年禁止リスト国際基準」

医療機関、救急車において治療の一環として受ける静脈注射は、ドーピング違反にはなりませんが、ナスリ選手のように免疫力向上を目的とした静脈注射はドーピング違反となる可能性が高いとされています。ここであえて「ドーピング違反になる可能性が高い」という表現に留めているのは、報道から4カ月が経った今現在、AEPSAD(スペインスポーツ健康保護機関)から正式な処分が下されていないことにあります。もしドーピング違反として扱われた場合は、最大4年間の出場停止が言い渡されることとなりそうです。

ナスリ選手同様、UFC(アメリカ総合格闘技団体)所属のB.J.ペン選手も、2016年5月に6時間当たり50mLを超える静脈注射を実施したことが、USADA(米国アンチ・ドーピング機構)の抜き打ち検査で判明しました。B.J.ペン選手の場合は、ドーピング違反と正式に通達されたため、6カ月間の出場停止が言い渡されました。このニュースをきっかけにUSADAは、6時間当たり50mLを超える静脈注射がドーピング違反になることを再度アナウンスしています。

▪️正当な医療行為なのにドーピング?静脈注射での係争例

2007年春、Jリーグの川崎フロンターレに所属していた我那覇和樹選手が、体調不良のまま練習に参加したところ脱水状態に陥り、点滴をせざるを得ない状態になりました。この時、チームドクターの判断により我那覇選手にはビタミンB1入りの生理食塩水(200mL)の静脈注射処置が施されました。しかし、当時のJリーグはこの行為もドーピング違反になると判断し、我那覇選手には6試合の試合停止処分を、また川崎フロンターレには1000万円の罰金を科しました。一見、この処置はドーピング違反ではないと考えられます。なお、2007年当時のWADAのドーピング禁止表での規定は以下です。

 
”Intravenous infusions are prohibited, except as a legitimate medical treatment.”

訳:正当な医療行為を除き、静脈注射は禁止される。
出典:JADA「2007年禁止リスト国際基準」

2016年ドーピング禁止表とは異なり場所に関する規定はなく、抽象的な規定ではありますが、2007年当時も正当な医療行為による静脈注射は、ドーピング違反ではありませんでした。つまり本来であれば、我那覇選手が受けたような医師の判断による静脈注射は、ドーピング違反の対象ではなかったのです。
しかし当時のJリーグは、医師が正当な判断で行った静脈注射もドーピング違反として禁止する、という独自のルールを設けていたため、我那覇選手はドーピング違反として扱われてしまったのです。
この判決に疑問を持った我那覇選手や各チームのチームドクターは、Jリーグを提訴しました。しかし当時のJリーグはこれに応じず、我那覇選手は反論できないまま、ドクター達は緊急時の対応に困惑するといった事態が生じました。この異様な事態を疑問視した国会議員や文部科学省はJリーグ関係者を呼び出し問い詰めたところ、Jリーグは「CAS(スポーツ仲裁裁判所)の判決であればそれに準じた対応をする」と、ようやく選手側からの問いかけに応じてくれました。最終的には我那覇選手はCASの判決により、ドーピング違反ではないことの証明をできましたが、この判決が下りるまでに1年以上の歳月と数千万円の費用を費やすこととなり、大切な時間とお金を無駄にすることとなったのです。

2017年現在、病院やクリニック、救急車において、医師などの診断のもとに病気の治療の一環として受ける静脈注射はドーピング違反にはなりません。しかし、免疫力向上、疲労回復目的等で行う、病気の治療とは考えにくい静脈注射はたとえ医療機関で処置をされたとしても、ドーピング違反になる可能性が非常に高くなります。サプリメントだけではなく注射行為でもドーピング違反になることは、選手やコーチ等はもちろんのこと選手の家族も含めて知っておくべきことでしょう。うっかりドーピングにつながりやすいことですので、注意が必要です。