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競馬の世界のアンチ・ドーピング体制に求められるものとは

先日、日本中央競馬会(JRA)は「週末の中央競馬の出走予定馬の中に、禁止薬物を含んだ飼料添加物を摂取した可能性のある馬が判明したため、それら全ての馬を競走除外とした」という発表を行いました。
参照:「今週の中央競馬の競走除外について(JRA)

これは競走馬の飼料添加物(サプリメント)「グリーンカル」から興奮作用や強心作用のある禁止薬物「テオブロミン」が検出されていたことが判明したためです。レース前に、グリーンカルを口にした可能性がある馬を全頭検査するだけの時間がなかったため、公正確保の観点から土日の2日間、東京・阪神・函館の3場開催で計156頭を競走除外とするという前代未聞の事態となりました。

競馬の世界でもドーピング検査は行われている

ヒトのスポーツの世界では、世界アンチドーピング機構(WADA)から毎年1月1日に禁止表国際基準が公表され、それにより規定された禁止物質や方法が取り締まりの対象となり、ドーピング検査が行われています。

一方、競馬の世界にもドーピング検査は存在します。あまり知られてはいませんが、世界初のドーピング検査は競馬で実施されたと言われています。
この世界初のドーピング検査は1911年にウィーンで行われました。オーストリア競馬協会がレース出走後に薬物検査を行い、出走馬からアルカロイド(コカイン、モルヒネ等)が検出されたと報告されました。

では、日本におけるドーピング検査体制はどうなっているのでしょうか。
1963年、JRAの付属機関として設立された競走馬保健研究所(現・競走馬総合研究所)の分室として禁止薬物検査部門が設置されました。
その後、1965年にはその研究所分室が財団法人(現・公益法人)「競走馬理化学研究所」として独立。現在では競走馬および騎手の薬物検査や、競走馬用の医薬品・添加物等の検査を行う国内唯一の機関となっています。

禁止物質とドーピング違反事例

競馬におけるドーピング検査は日本中央競馬会施行規約の「第8節 禁止薬物(第56条-第59条)」に詳細が決められています。規約では競走能力に影響を及ぼす”禁止薬物”が104品目挙げられており、違反すると失格や競馬関与の禁止又は停止などの措置がとられます。
また、消炎鎮痛作用のある糖質コルチコイドと非ステロイド性抗炎症薬は”規制薬物”として使用が規制されており、禁止薬物とは異なり競走能力には影響しないため失格の対象にはなりませんが、馬の福祉や事故防止の観点から、出走前の使用が規制されています。
そして、ドーピング検査の対象は、競走において着順が3着までの馬および採決委員指定した馬です。必要な検体(尿または血液)の採取を受けなければならず、採取した検体は競走馬理化学研究所において理化学検査を行う必要があります。

実際にこれまでJRAで禁止薬物が検出されたのは、平成以降で競走馬4頭(カフェイン3件、フェニルピラゾロン誘導体1件)、騎手2名(オキシコドン、フロセミド)の計6例。規制薬物は2016年にアポロケンタッキー号からデキサメタゾンが、今年4月にはレッドランディーニ号からヒドロコルチゾンが検出されています。

2014年12月、ピンクブーケ号からカフェインが検出された事例がありました。
規程により同馬は失格となり、一旦は交付された1着賞金700万円他、諸手当も没収されました。しかし、その後、飼料添加物販売店であるJRAファシリティーズを通じて購入した「サイペット」という競走馬用サプリメントに禁止薬物の原因物質が含まれていたと特定され、それが競走馬理化学研究所の検査をパスしていたことが確認されてからは、「競馬法違反としての事件性はない」と船橋警察署からの報告を受け、調教師などへの処分は無く、JRAファシリティーズから1着本賞金相当の補償金が支払われましたが、根本的な解決もなく有耶無耶なまま事態の収束を図った形となりました。
サプリメントに関して、JRAはその当時以前から「JRA施設内で使用する飼料添加物については、ロット毎に競走馬理化学研究所による検査を義務付けている」としていましたが、”同一ロット”の考え方が業者ごとに違っていたりと、厳密な管理がなされていなかったため、JRAはサプリメントを取り扱う販売者・製造者等に対してロットの考え方を徹底し、ロット毎の薬物検査と適正な管理を行うよう指導するなど再発防止に取り組むことを発表しました。
しかし、今回もまた検査を受けて販売されているはずのサプリメントから禁止薬物が検出されるという事件が起きてしまったのです。

ヒトと競馬のアンチ・ドーピング体制の違い

今回問題になったグリーンカルを取り扱う日本農産工業株式会社は6月15日付で、「弊社は競走馬用飼料について定期的に薬物検査を実施しております。また過去に禁止薬物が検出されたことはありません。」というコメントをしており、製品のパンフレットにも「本製品は(公)競走馬理化学研究所の検査を実施しており、競馬法に指定される禁止薬物の陰性を確認しております」との記載がされています。
参照:「競走馬用飼料の禁止薬物検出について」(日本農産工業株式会社)

通常なら検査で陰性が認められてから市場に流通するはずが、今回は今年4月に検査を依頼した製品がすでに昨年12月の時点から販売されていたようで、この点については、製造販売業者の同一ロットに対する認識の違いを指摘する報道も流れています。
しかし、未だ今回の原因について正式な見解は出されていません。では、なぜ毎回同じようなことが起こるのでしょうか。これにはヒトと競馬のアンチ・ドーピング体制の違いにヒントがあると考えられます。

競馬においてはドーピングを取り締まるのはJRA、検体の検査および飼料への禁止物質の混入を検査するのは競走馬理化学研究所であり、飼料に禁止物質が含まれていないという認証を与えるのは実質JRAという構図です。第三者機関と言われている競走馬理化学研究所も、元々はJRAの付属機関から独立した施設であることを考えると、競馬においてアンチ・ドーピングには第三者が関わることはなく、非常に不透明な体制であるともいえます。

一方で、かつてはヒトの世界においても同様な体制が問題視されていました。これまで日本ではドーピングを取り締まる側の日本アンチドーピング機構(JADA)がサプリメントの安全性を保証する分析認証プログラムを実施していました。このプログラムでは、実際のドーピングにおける検体分析を担っていた分析機関においてサプリメント分析を行い、禁止物質が含まれていないことをJADAが認証するというものでしたが、費用面や認証の仕組みなど非常に不透明な点が多く、公平性の面からも問題視されていました。また、海外では第三者機関が認証を与えることが一般的で、アンチドーピング機構自らが認証を行うというのは日本独自の体制でした。
そんな状況を鑑みて、JADAは今年3月いっぱいでのJADA サプリメント分析認証プログラムの終了を発表し、同時に「スポーツにおけるサプリメントの製品情報公開の枠組みに関するガイドライン」も発表しました。
参照:
JADA サプリメント分析認証プログラムの終了について (JADA)」
スポーツにおけるサプリメントの製品情報 公開の枠組みに関するガイドライン(JADA)」

このガイドラインにより、信頼のおけるアンチ・ドーピング認証プログラムの基準として「利害関係のない第三者が分析を行っている」「第三者認証機関の運営体制が明確である」など、公正さを保つためにも第三者による認証が必須である旨が明確になりました。公正さをを保ち、そのスポーツの価値を高めるために、第三者による介入はもはや必須となってきている現状があるのです。

スポーツという側面に加え、公営ギャンブルという側面を併せ持つ競馬はより厳密な公正さが求められます。さらに競馬の世界においても近年では国際化が進み、2007年に競馬一流国の証であるパートI 国として取り扱われるようになってからは、多くの日本馬も海外のレースに出走し、逆に海外からも日本の競馬に出走することが当たり前の世界になりました。そんな現状の中で、ドーピングの世界も日本のみに通用するルールや運営体制ではなく、グローバルに合わせて第三者を介入したより公正な運営体制を整えるのが責務と言っていいでしょう。そのためにも、JRAからは今回の正確な事実説明とともに、ヒトの世界と同様な第三者によるアンチ・ドーピング体制の構築が必要ではないでしょうか。